1. 人生の最終段階をどう生きるかという社会的課題
日本はすでに「多死社会(super-aged society with high mortality)」の時代に突入している。厚生労働省によれば、年間死亡者数は今後2038年頃まで増加を続け、ピーク時には170万人を超えると推計されている。こうした社会的背景の中で、単に「長生きすること」ではなく、「どのように生を締めくくるか」という問いが、医療・介護・福祉の現場においても大きな関心事となっている。
この文脈で厚生労働省は、「人生の最終段階における医療・ケアの在り方に関する指針(2018年改訂)」を示し、本人の意思を尊重した医療とケアの提供を目指している。この指針では「人生の最終段階」を、「回復の見込みがなく、死が避けられず、死期が迫っている状態」と明示的に定義しているが、同時に「その時期を一義的に画定することは困難」とも記している。
つまり、「人生の最終段階」とは、医学的に明確な線引きよりも、本人・家族・医療者が「人生をどう生ききるか」という価値の共有によって形づくられる段階であり、そのケアの「質」をどう確保するかが現代社会の中心的課題となっている。
では、人生の最終段階における「ケアの質(Quality of End-of-Life Care)」とは何を意味し、どのような指標によって測定・評価できるのだろうか。
2. ケアの質(Quality of Care)という概念の起源と展開
「ケアの質」という概念は、もともと医療の世界で発展してきた。アメリカの医療社会学者アヴェディス・ドナベディアン(Avedis Donabedian)は、1966年に『Evaluating the Quality of Medical Care』において、医療の質を「構造(Structure)」「過程(Process)」「成果(Outcome)」の三要素で捉えるモデルを提唱した。
ドナベディアン・モデルの三要素
- 構造(Structure):施設の設備、人的体制、制度、教育体制などケアを提供する基盤。
- 過程(Process):実際に行われるケアの内容、医療者と患者の関係、説明や意思決定支援など。
- 成果(Outcome):患者の健康状態、満足度、QOL(生活の質)、死亡後の家族のグリーフケアなど。
このモデルは世界保健機関(WHO)にも採用され、医療や介護の質を評価する基本的な枠組みとして現在でも用いられている。
人生の最終段階におけるケアでは、この「成果」の部分を「延命」ではなく「尊厳ある最期の支援(dignified dying)」に置き換えて考える必要がある。つまり、単に症状を緩和するだけではなく、「本人らしい生活」「希望に沿った看取り」「家族の納得」といった非数値的・倫理的要素をどう扱うかが重要になる。
3. 厚生労働省の人生の最終段階に関する指針
2018年改訂の厚労省指針では、以下の要点が示されている。
- 本人の意思を尊重し、家族や医療・ケアチームが共有する。
- 医療・ケアチームによる多職種協働が不可欠である。
- ACP(Advance Care Planning:人生会議)を推進する。
- 状況に応じた緩和ケアを提供し、生活の質(QOL)を維持する。
このうち、「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)」は最も重要なキーワードである。これは、本人が望む医療やケアについて、早い段階から家族や医療者と繰り返し話し合い、文書化して共有するプロセスを指す。
専門用語解説:ACP(アドバンス・ケア・プランニング)
ACPとは、将来の意思決定が困難になる前に、自分の価値観や望む医療について話し合っておく取り組み。厚労省は「人生会議」という通称を用いて国民的な普及を進めている。
ACPの実践度やその共有プロセスこそが、人生の最終段階におけるケアの質の中核指標といえる。
4. 人生の最終段階におけるケアの質の指標の提案
ここでは、国内外の研究や政策文献を踏まえ、「人生の最終段階におけるケアの質」を評価するための主要な指標を提案する。
(1)意思決定支援の質
- ACP実施率:本人・家族・医療者の三者が参加したACPがどの程度行われているか。
- 意思の尊重度:実際の治療・ケアが本人の意向にどれほど一致していたか。
- 情報提供の理解度:本人・家族が治療方針を理解し、納得しているか。
→ 根拠:米国の「Respecting Choices」プログラムや、英国NICEの終末期ケアガイドラインでは、ACPの実施と質を最重要項目としている。
(2)多職種連携(Interdisciplinary Collaboration)の成熟度
- チーム構成の多様性:医師、看護師、介護職、ソーシャルワーカー、宗教者、ボランティア等の連携状況。
- 連携の頻度と内容:情報共有会議(カンファレンス)の実施回数、職種間の役割理解。
- リーダーシップ指標:ターミナルケア指導者など、ケアの調整役(コーディネーター)の配置と機能度。
→ 根拠:厚労省「人生の最終段階における医療体制整備事業」では、チームアプローチの実践度を質の指標として位置づけている。
(3)身体的苦痛の緩和度
- 疼痛管理の適切性(Pain Management)
→ WHOの三段階鎮痛ラダーの遵守、モルヒネ等オピオイドの適正使用率。 - 呼吸困難・悪心・倦怠感など症状緩和の達成度
→ 日本緩和医療学会の症状評価尺度(ESAS-Jなど)を利用。
→ 根拠:WHO「緩和ケア定義」(2002年)では、苦痛の緩和を終末期ケアの第一目標としている。
(4)精神的・社会的サポートの充実度
- スピリチュアルケア提供率:宗教的・心理的苦悩に対する対応の有無。
- 家族ケアの実施:グリーフケア(遺族支援)や看取り後のフォローアップ体制。
- 孤立防止支援:在宅療養者への社会的孤立防止プログラム。
→ 根拠:日本緩和医療学会やWHOは、精神・社会・霊性(spirituality)の支援を終末期ケアの要素とする。
(5)生活の質(QOL)の主観的評価
- 本人によるQOLスコア(例:WHOQOL-BREF、EORTC QLQ-C15-PALなど)
- 家族による満足度調査(FAMCARE Scaleなど)
- 「望んだ場所で亡くなれたか」指標(Place of Death)
→ 根拠:日本では「自宅での看取り希望」が高いが、実際の自宅死亡率は約15〜20%にとどまる。希望実現率はケアの質の指標として重要。
5. 国際比較から見る日本の課題
英米諸国では、終末期ケアの質を数値化した国際的指標が整備されている。たとえば英国の「End-of-Life Care Quality Assessment」(EoLC QA)や、OECDの「Palliative Care Indicator Set」が代表的である。
それに比べ日本では、死亡場所や疼痛管理の適切性などの定量指標は一部整備されているものの、精神的サポートや意思決定の質といった主観的・倫理的側面の評価が十分でない。特に、ACPの普及率が2020年代でも2割前後にとどまる点は課題である。
6. 終末期ケアの質評価をめぐる倫理的・社会的論点
人生の最終段階のケアにおいては、「質」を数値で評価することそのものが倫理的に難しい側面を持つ。
- 「本人らしさ」を誰がどう定義するのか。
- 「尊厳ある死」は文化・宗教・価値観によって異なる。
- 医療者の倫理的負担(moral distress)をどう軽減するか。
したがって、評価指標は単なる数値的基準ではなく、**プロセス評価(どのように意思を共有し支えたか)**を中心に据える必要がある。これはドナベディアンの「過程重視」モデルの再評価とも言える。
7. 総合的提案:人生の最終段階ケア・クオリティ指標(EoL-CQI)
以下に、提案型の「人生の最終段階ケア・クオリティ指標(EoL-CQI)」をまとめる。
| 項目分類 | 具体的指標 | 測定方法 | 意義 |
|---|---|---|---|
| 意思決定支援 | ACP実施率、意思尊重度 | 面談記録・家族調査 | 本人中心の医療の実現 |
| 緩和ケア | 疼痛・症状緩和度 | ESAS-Jなど尺度 | 苦痛の軽減 |
| 多職種連携 | カンファレンス実施頻度、連携満足度 | チーム内調査 | 包括的ケアの推進 |
| 精神・社会支援 | スピリチュアルケア実施、グリーフケア提供率 | 面談記録・遺族調査 | 心の安寧の保障 |
| QOL・満足度 | 本人・家族のQOLスコア、望んだ場所での看取り率 | アンケート | 生活の質の尊重 |
このEoL-CQIを用いることで、医療機関・介護施設・在宅ケアチームが自らのケアの質を継続的に評価・改善できる仕組みを構築できる。
8. 結論:ケアの質を「生の意味」の指標へ
人生の最終段階におけるケアの質とは、単なる医療技術の優劣ではなく、「生の意味をいかに支えるか」を問う総合的な人間学的課題である。
厚生労働省の指針が目指すのは、「誰もが自分らしい最期を迎えられる社会」の実現であり、そのためには医療・介護・福祉・家族・地域が一体となった「共同行為(collaborative practice)」が必要である。
その共同行為の中で、ケアの質を測るインデクスは、単なる管理ツールではなく、ケア提供者が「何を大切に支えているのか」を可視化する倫理的羅針盤として機能するべきである。
すなわち、人生の最終段階におけるケアの質とは、「延命の長さ」ではなく、「その人がその人らしく生ききれたか」という問いに、社会としてどう応答するかの指標なのである。
