知識共創と価値共創の学問的検討 ― 多分野的統合の視座から
知識共創と価値共創の学問的検討 ― 多分野的統合の視座から

1.共創という新しい時代のパラダイム

「共創(co-creation)」という言葉は、21世紀に入り急速に学問的・実践的関心を集めるようになった。従来、価値や知識は「生産者が創り、消費者が受け取る」という一方向的モデルで理解されてきた。しかしデジタル技術の発展、情報のネットワーク化、社会構造の流動化が進む中で、価値は多様な主体の協働によって生成されるという認識が広まった。これが「共創」という概念の中心にある。

本稿では、ターミナルケア指導者という終末期・ターミナル期におけるケアの新しい専門職がよって立つ「共創的ターミナルケア」という考え方のコアコンセプトである「共創」について多面的な視点から理解したい。「知識共創(knowledge co-creation)」および「価値共創(value co-creation)」をめぐって、経済学・社会学・心理学・政治学・認知科学・文学・宗教学・哲学倫理学・経営学・システム論といった多分野的視点からその理論的背景を検討し、共創の意味と可能性を明らかにする。


2.経済学から見る価値共創:市場構造の変容と主体の再定義

経済学における価値共創の議論は、プラハラードとラマスワミ(Prahalad & Ramaswamy, 2004)の『The Future of Competition』に代表される。彼らは、価値はもはや企業内部で生み出されるものではなく、企業と消費者、さらには社会全体の相互作用の中で創出されると指摘した。これにより、企業は「供給者」から「共創の場の設計者」へと役割を変える必要がある。

この視点は、行動経済学や進化経済学とも接続する。すなわち、人々の選好や価値判断は固定的ではなく、社会的文脈・経験・他者との相互作用によって変容する。したがって、経済行動とは、単なる効用最大化ではなく、他者との「共同行為」による意味づけの過程である。こうした考えは「プロシューマー(prosumer)」や「サービス・ドミナント・ロジック(Vargo & Lusch, 2008)」として理論化され、消費者を「価値を生み出す主体」として再定義する動きを生んだ。


3.社会学的視点:共創と社会資本・ネットワーク

社会学では、共創は「社会関係資本(social capital)」の蓄積過程として理解される。パットナム(Putnam, 2000)は、社会的信頼・規範・ネットワークが協働行動を促進し、社会の効率性を高めると論じた。知識共創もまた、信頼に基づく社会関係がなければ成立しない。情報の共有、知識の暗黙的伝達(ポラニー的「暗黙知」)には、対人的信頼と文化的共有地が不可欠である。

また、社会運動論の観点からは、共創は「参加型社会(participatory society)」の具体的形態でもある。SNSを通じた共同制作(Wikipediaやオープンソースなど)は、権威や専門職を超えて「知識の民主化」を進める。ブルデューの「文化資本」や「場(champ)」の理論を応用すれば、共創は社会的地位や資本の再編過程でもある。誰が発言できるのか、どの知識が正統とみなされるのか、という力学の中で共創が進む点に注意が必要だ。


4.心理学的視点:動機づけ・創造性・相互承認

心理学的に見れば、共創は「内発的動機づけ」に基づく創造活動である。デシとライアンの自己決定理論(Self-Determination Theory)は、人間が自律性・有能感・関係性の3要素を満たすとき、最も創造的・協働的に行動できるとする。共創の現場では、個人が自らのアイデアを尊重され、他者との関係を通じて成長できる環境が必要だ。

さらに、社会心理学では「相互承認」(mutual recognition)という概念が重要である。共創とは、他者の存在や視点を認める過程そのものであり、それによって新しい意味や価値が生まれる。これを「共感的創造」と呼ぶこともできる。認知心理学的にも、複数の知識体系を組み合わせる「アナロジー思考」や「協働的問題解決」は、個人では到達しえない発想を可能にする。


5.政治学的視点:共創ガバナンスと熟議民主主義

政治学では、共創は「共治(co-governance)」の理念と深く関わる。すなわち、国家や行政だけでなく、市民・企業・NPOが協働して公共価値を創造するという考え方である。マーク・ムーアの「公共価値(public value)」論や、ハーバーマスの「熟議民主主義」理論はその思想的基盤を提供する。

ここでは、政策形成や地域開発を「共創のプロセス」として捉えるアプローチが重要である。行政はもはや「命令と統制」ではなく、「対話と共感」によって社会課題を解決する調整者である。これを日本では「共創型地域づくり」や「官民連携イノベーション」と呼ぶことがあるが、その本質は、意思決定の民主化と知の共有による社会的イノベーションにある。


6.認知科学的視点:共創と分散認知・集合知

認知科学では、知識共創は「分散認知(distributed cognition)」や「集合知(collective intelligence)」の概念で説明される。ハッチンス(Hutchins, 1995)は、人間の知的活動は個人の頭の中ではなく、環境や他者との相互作用の中に分散していると述べた。すなわち、知識とは「共に考えるシステム」の中で生成される。

インターネット時代の知識共創もこれに当たる。AIやSNS、クラウドツールなどが拡張された「知の装置」となり、人間の認知能力を超える集合的創造が可能になっている。こうした構造は、オープンサイエンスやクラウドファンディングなど、社会全体の知識生産システムを根底から変えつつある。


7.文学・芸術・宗教学の視点:共創する意味世界

文学や芸術の領域では、共創は「意味生成の共同作業」として現れる。小説・演劇・アート作品は、作者と受け手の間で「再解釈」されることによって初めて生きた意味を持つ。ロラン・バルトが「作者の死」を唱えたように、テクストの意味は読者との共創によって生成される。アートプロジェクトや地域芸術祭でも、参加者と観客が共に作品世界を作る「共創型芸術」が広がっている。

宗教学的に見ると、共創は「共なる聖性」の創出でもある。たとえば、祭祀や儀礼は、共同体の参加を通じて聖なる秩序を再創造する営みである。ここでは「価値」とは単なる経済的効用ではなく、意味・関係・生の根源的体験を共有することにある。


8.哲学倫理学の視点:共創の根源的条件と倫理的課題

哲学的に共創を考えると、それは「他者と共に在る」という人間存在の根源的構造に関わる。ハイデガーの「共存在(Mitsein)」やレヴィナスの「他者の顔」の倫理は、共創を単なる協働作業ではなく、「存在の応答的関係」として捉える視点を与える。

また、共創には倫理的問題も内包される。知識や価値を「共有」することは、しばしば権利・責任・境界を曖昧にする。AIとの共創、知的財産の共同利用などでは、創作者の主体性や公正な評価の問題が生じる。したがって、共創倫理とは「誰と、何を、どのように共に創るか」という問いへの不断の省察を求める。


9.経営学・組織論の視点:イノベーションと知識創造理論

経営学では、野中郁次郎の「知識創造理論(SECIモデル)」が代表的である。暗黙知と形式知の相互変換(Socialization, Externalization, Combination, Internalization)を通じて組織的知識が生成されるというこのモデルは、まさに「知識共創」のプロセスである。ここで重要なのは、「場(ba)」という概念である。人々が信頼関係をもって自由に知識を交換できる「場」の設計こそ、共創の核心である。

現代経営では、顧客・地域・異業種間での共創がイノベーションの鍵となる。オープンイノベーションやデザイン思考、サービスデザインなどの潮流も、共創の理論的展開といえる。


10.システム論的視点:共創と複雑適応系

システム論的には、共創は「複雑適応系(Complex Adaptive System)」の自己組織化過程として理解できる。多様な要素が相互作用しながら新たな秩序を生み出す現象は、生命システムや社会システムの共通構造である。イリヤ・プリゴジンの「散逸構造」理論や、ニクラス・ルーマンの「社会システム論」も、共創を「コミュニケーションの再帰的生成」として説明する。

この観点では、共創は目的的に管理されるものではなく、「相互作用のネットワークから自然に生まれる創造的秩序」である。したがって、共創を促すには、制御よりも「開放・多様性・相互接続性」を重視する環境設計が求められる。


11.統合的考察:共創を支える条件と未来展望

以上の多面的検討から、知識共創・価値共創を支える条件として、次の要素が導かれる。

  1. 信頼と相互承認(社会学・心理学)
  2. 多様性と相互接続性(システム論・認知科学)
  3. 意味共有と物語性(文学・宗教学)
  4. 倫理的省察と責任意識(哲学倫理学)
  5. 場のデザインと組織的学習(経営学)
  6. 共治的ガバナンス構造(政治学・経済学)

未来社会においては、AIを含む人工知能システムが「知識共創パートナー」として関わるようになる。そこでは人間中心主義的な創造観を超え、「共進化する知の生態系」をどう設計するかが問われるだろう。


12.結論:共創とは「関係の知」である

共創は単なる協働や共同作業ではない。それは「関係の中で新たな意味を見出す知」のあり方である。経済的価値も、文化的意味も、倫理的判断も、すべては他者との関係の中で生成される。
したがって、共創を学問的に理解するとは、「人間とは何か」「社会とは何か」「知とは何か」という根源的問いに立ち戻ることにほかならない。

知識共創・価値共創は、分断の時代における新しい連帯の形式であり、人類がともに未来を構築するための知の原理である。